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  第十六話「杉の子 悪魔の子」

 戦中、戦後、国民が植えた杉の子は立派な杉山に成長し、国策が実現した。その杉山が日本人に恩恵を与えるどころか、多数の人を杉花粉症で悩ませる元凶になるとは誰も予測出来なかった。
現在の杉林は、戦前、戦後に植林されたものだ。戦後の復興期、優れた木材である杉の木が日本の経済発展に貢献したのは事実だ。しかし、その後の日本経済の成長、それにともなう円高のため、日本杉を使用するよりも安価な外国杉材を輸入でるようになった。その結果、杉林は枝おろしもされぬまま放置され、季節になれば無限に杉花粉を飛散するようになった。
最近、国は重い腰をあげ、東京都を先達として花粉の出来ない杉の新しい品種を開発し、それを挿し木して杉林を植え替えることにとりくみ始めたという。
しかし、林業における杉伐採の量、地球温暖化の影響を考えると、ゆるやかではあるが今後も杉花粉の飛散量は増え続けると予想している学者もいる。
40年後には杉花粉の飛散量は現在の1.7倍となり、杉花粉症で悩む人も1.4倍になるだろうとの試算もある。
そして、杉花粉はやっかいな事に風に乗って、300キロメートル以上の遠距離に飛んで行くことが知られている。杉林の近くに住む方のほうが、症状が強く出るのは当然だが、杉林が近くにない都会も安心できない。
私の記憶に強く残っているのは、花粉症の治療をしていたにも関わらず、仕事(森林業)で杉の枝おろしのために杉林に入りショック症状を起こした患者さんの話だ。こうなると“たかが杉花粉症”と、いえなくなる。

 昔、国策にそって植えた“杉の子”は、実は“悪魔 の子”だったのだ。

             2011年2月1日
  矢野耳鼻咽喉科院長  医学博士 矢野 潮