掲 載 一 覧 最 新 号
第31話「クリニックの看板」
 3月で終了したNHKの朝ドラ「カーネーション」は空前の視聴率をあげたという。私も自室で筋力ストレッチをしながら、毎朝かかさずに見ていた。岸和田弁を駆使する“朝ドラ史上最強のヒロイン”と言われた糸子がドラマの主人公だが、要所に出てくる“オハラ洋装店”の看板も又、ドラマの一方の主人公であったような気がする。
そこで今回は、“クリニックの看板のあり方”について、私が日頃から考えている事を述べる。

「子供は大人の小さいのではない。子供と大人は全く違う生物だ!」
私が慶応医学部の小児科学の講義を受けた時の中村文彌教授の第一声だ。
「内科学の知識は小児科学には当てはまらない。子供の病気と大人の病気は全く別種のものと考えねばならない。これが理解できねば医師の資格はない。」
以上は私が医学生時代に受けた小児科学の根本知識だ。その後、医学全体は長足の進歩をとげ、更に各専門分野は細分化された。
最近になり匡は重い腰をあげ、一医療機関が標榜できる専門科目数の制限を考え始めたようだ。当然の事だろう。
内科専門医が小児科を併記するのはおかしな話だ。勿論、夫が内科専門医、妻が小児科専門医の場合は、内科・小児科を標榜するのは当然のことだ。二人の医師がいて、それぞれが異なる専門医の場合は標榜する科目名は当然のこと複数になる。又、二代も三代も前から併記している医療機関はわざわざ標榜科目を書きかえる必要もないだろう。
そこで思い出すのは、私の友人医師の怒りの言葉だ。彼のクリニックの隣に専門科目の違う他の医師が新規開業した。その看板には複数の標榜科目が羅列してあり、そこには友人の専門科目も含まれていた。友人は声を荒げて言った。「自分の隣に開業するのを怒っているのではない。自分の専門科目は他科の医師が片手間にできるような簡単なものではない。医学を甘く見ているのが心外なのだ!」
医師過疎地帯、無医村では一人の医師が全ての診療にあたっている。これは尊敬するべき事だが、私がとりあげた今回のテーマとは別次元の話だ。
又、世界航路の豪華客船の医師には産婦人科医が選ばれることが多いようだ。産婦人科医は、船中の急な出産に対応でき、出産以外にも開腹術の経験もあり、全身状態の管理にもたけているのがその理由だ。
 
 
話を本題に戻すと、藤沢市は過疎地、無医村、客船でもない。各科の優秀な専門医がそろっている。市民病院もあり、緊密な連絡網も充実している。
患者さんが大切な健康をあずける医師を選ぶ時、そのクリニックの看板の最初に書かれている科目がその医師の専門分野と考えて大体間違いない。
 自分の専門分野の医療にプライドを持つ医師は専門外の看板を出すことはありえない。看板に誇りを持つことだ。
医師免許証は医師国家試験に合格すれば、厚生労働省から与えられる。
更に、誠意をこめて自分の専門分野の医療を生涯やり続ければ、天から“専門医の卒業証書”を与えられるだろう、と私は信じている。

 

            2012年5月1日
 矢野耳鼻咽喉科院長  医学博士 矢野 潮