掲 載 一 覧 最 新 号
第四十二話「私の院長室」
 1969年、新規開業するにあたって、長姉(疋田昌子・疋田眼科院長)に院長室の設計を相談したところ強く叱責された。
「開業して、院長室でくつろぐ暇などあると思っているのか。院長室など作る必要はない」。姉の強力なアドバイスだ。
私は姉の意見をとりいれ、院長室をつくるのはあきらめ、控え室のような小部屋を院長室の代わりにした。その後、医師会の先輩、友人のクリニックを尋ねると、みんな立派な院長室を持っている。うらやましかった。
1998年に、今の診療所に移転する時には、自分なりに立派な院長室を設計した。院長室のためのスペースを確保し、家具も買いそろえ、誰を迎えても恥ずかしくない院長室を手にした。やっと小さな夢がかなったと思ったが、それも2年しか続かなかった。
その夢は愛するプリンによって壊された。プリンが子犬の頃の話だ。ある日、院長室に置かれていたゲージから脱出したプリンが大事な家具を、噛んで傷だらけにしてしまった。家具など買い直せば良いと考えたのが甘かった。その1年後、プリンの遊び友達として、かったサフィー、そしてプリンの子供達(ピピン、アニス)の大家族によって完全に院長室は占領され、ワン子の部屋になった。
然し、私は後悔していない。診療で疲れた時、ワン子の部屋に行き、プリンとじゃれあうと、疲労が嘘のようにとれる。
私は、生涯ついに院長室を持つ事が出来なかったが、それにまさる憩いの部屋で、可愛いプリン達に囲まれている。それで十分だ。
実は、今回の院長余話に院長室を取りあげた理由は、プリンとその家族の写真を皆様に見ていただきたいと思ったからだ。
サフィー ピピン アニス     プリン
 
 
    アニス     プリン サフィー  ピピン
“院長の椅子”を占領して、並んで座っているプリンの家族は実に可愛い。
考えて見ると私はプリンが来る前にも、この椅子に座ってお客様と話しをしたり、くつろいだ事などない。だいたいお客様が見えた事さえない。ここまで書いて重大な事に気がついた。
「私のお客様は患者さんではないか」、とすれば、患者さんを診療する診察室こそが、“私の生涯の院長室”そのものだ。私は誰にも負けない院長室を持っていたのだ。夢は既にかなっていた。

         2013年4月1日
矢野耳鼻咽喉科院長  医学博士 矢野 潮