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第74話「急性中耳炎と滲出性中耳炎」
いよいよ冬、中耳炎襲来の季節である。

正常鼓膜;幅・1cm弱 厚・1mm弱

 正常な鼓膜は、夜空に輝く名月のように美しく光り輝いている。その鼓膜が痛みと共に急に赤く腫れあがる。急性中耳炎のはじまりだ。
 
赤く腫れあがった急性中耳炎の鼓膜
 耳鼻科専門医ならば、このような鼓膜を診れば急性中耳炎と診断する事は容易なことだ。患者さんは激しい耳痛に苦しむ。
そして、適切な耳鼻糧的治療をせずに放置すると、自然に鼓膜が破れて膿(うみ)が出てくる。
 
 破れてうみが出て来た鼓膜
 然し、急性中耳炎のような痛みを伴わない滲出性中耳炎という病気もある。痛みを伴わないために診断が難しい。僅かな鼓膜の変化をよみとらなければならない。
 
 滲出性中耳炎の鼓膜
この微妙な鼓膜の変化は、耳鼻科専門医であったも見逃す事が多いようだ。
私は開業医の道を選んだ時、最初に考えたのは鼓膜の変化を正確によみとる“眼”、を持つ事の必要性だった。大学病院では中耳炎の患者さんに接することは少ない。そこで、私は慶応大学病院から直接開業することは愚と考え、日本で最高位の耳鼻咽喉科開業医の病院に勤務した。そこで数年、私は鼓膜所見を診る技術を習得し自信を得た。私が開業するために、その病院を退職する頃、2年先輩の耳鼻科医(某大病院勤務)が私の後任として就職して来た。彼も私と同じ考えで、数年後に開業する予定だった。その先輩がある日、私に声をかけて来た。「今、診ている赤ちゃんの鼓膜が中耳炎かどうか診て欲しい」。私が代わりに診察した。その赤ちゃんの鼓膜は非常に見えやすい構造をしていて、明らかな急性中耳炎だった。「切開したら膿が出ますよ」と、私がアドバイス。すぐに先輩が鼓膜切開して、「矢野君有り難う」、とお礼を言ってくれた。上下関係の厳しい医師の世界で、後輩が先輩にアドバイスするなど、希有のことだろう。
私は、今でもその先輩の人間性の良さを懐かしく思い出す。
急性中耳炎も滲出性中耳炎も圧倒的に乳幼児に多い病気だ。
我々耳鼻科医は鼓膜を診る前にその前段階として、耳垢を取らなければならない。ところが乳幼児は耳垢をとる時にあばれて動く。痛くて暴れるのではない。こわくて暴れ動くのだ。乳幼児の外耳道(耳の孔)は家庭用の綿棒がやっと入る大きさでしかない。暴れる乳幼児の小さな外耳道から、鼓膜を明視するために、耳垢をとるのが一苦労だ。耳鼻科専門医ほ耳垢を取る時に乳幼児を痛がらせる事はない。「怖がっているのが暴れている理由だ」、という事をご両親にご理解頂かなければならない。

 
 外耳道を埋め尽くした耳垢
そして、我々耳鼻科医は下記の器具を駆使して耳垢を除去する。

 
  除去した耳垢のかたまり
滲出性中耳炎の鼓膜の変化は極めて微妙で、そして、痛みがないため患児の訴えがなく、御両親も気付いていないことが多い。
そのため、微細な鼓膜の変化をみるために、私はクリニカライト(ハロゲンランプ、2.5×のレンズ装着)を常用している。
 
クリニカライト 150w 15 
中耳炎の診断に欠かす事の出来ないものとして。ティンパノメトリーという耳の孔に当てるだけの簡単で精密な検査もある。この検査は、鼓膜の奥に粘液がたまっているかどうかを正確にグラフ化する。耳鼻科医の目による診断の誤りを正すだけでなく、そのグラフをご両親にお見せすることは、今後の治療の必要性を理解して頂くために必用だ。然し、大病院の指導的立場の学者の中には、ティンパノメトリーは診断には役立つのみで、治療に結びつかないから、施行する事はあまり意味がないと説いている人もいる。患者さん(この場合はご両親)への説明義務として、私はこの検査は是非とも必用と考える。乳幼児は痛みがなければ少々の不快感は訴えないので、御両親は我が子の耳が中耳炎にかかっていると思っていない事が多い。
次ぐにかかげる鼓膜の写真は良い例だ。
 
1才2ヶ月の赤ちゃんの鼓膜で、明らかに腫れあがっているのに、機嫌も良く発熱もないのでご両親は中耳炎になっているとは思っていなかった。説明にかなりの時間を要した。





患者さんの納得がなければ治療をすることは出来ない。この辺に大病院の医師と、開業医の考えに温度差を感じる。
最後に強調したいのは、いわゆる、“カゼ”をひいたら熱があってもなくても、耳鼻科専門医による鼓膜の診察を受けることが重要だ。
私は、専門医の義務として鼓膜の微細な変化の発見に日々立ち向かっている。






付記1;幸福にも当院は、ゆかり副院長、さゆり医師共に、乳幼児の中耳炎が多いクリニックでの診療経験が長いので、中耳炎の診断治療にはたけている。
付記2;中耳炎の詳しい説明については、ホーム頁の病気の説明の項をご参照頂きたい。

 
         2015年12月1日
矢野耳鼻咽喉科院長  医学博士 矢野 潮