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第76話「インフルエンザ」
 
 透明人間もマスクを着用にしたら如何でしょうか?
 現在インフルエンザが猛威をふるっている。A型がB型より多いようだ。発熱後、24時間、少なくとも12時間以上たってからでないとインフルエンザテストは正確に判定できない。インフルエンザテストは鼻腔内に細いテスト用の綿棒を挿入しておこなう。
 
 Aの所に青い線が出ているのでA型陽性

インフルエンザテストは綿棒を鼻腔内に入れるために、内科医や小児科医よりも耳鼻科医である我々の方が患者さんが痛がらない。テストが陽性に出たら、抗ウイルス薬を一刻も早く内服、或いは噴霧する治療を行う。
 尚、一般的予防は手洗いだ。うがいを強調する人もいるが、うかいは殆ど意味がない。慶応の医学部時代の内科学講義で、「口中に入ったウイルスは数秒後には口粘膜下に侵入してしまう。いくら一生懸命にうがいしても、ウイルスを洗い流す事は不可能だ。うがいの効用は気持ちが良いだけだ。」私の学生時代に受けた講義だが、現在でも正しい知識だ。
以前は、テレビ、新聞、学校の洗面所の張り紙等に、書かれていた「ウガイ・手洗い」の文言が、「手洗い・ウガイ」と、順番が変わっている。
 
 話は変わるが、2009年春、新型インフルエンザの襲来で国中が震撼としたことがあった。その時、藤沢市医師会員も医師の使命感にもえ、当番制で、保健医療センターの駐車場にテントをはり、急患に備えることになった。
 
保険医療センターの建物を使用せず、駐車場のテントで対応する事を指示した関係機関は、保険医療センターの建物内へのウイルスの進入を防ぎたかったのだろう。
そして、医師会から二人一組でテント内に待機するように指令が来た。二人一組とは、内科医一人と他科の医師一人だ。内科医が主役になるのは当然だ。他科の医師(眼科医、耳鼻科医等)は介助役をつとめる事になる。治療法が確立されていなかった新型インフルエンザの治療にあたることは、我々医師自身も感染することへの恐怖が強い。医師会の要請では、一医療機関から医師一人を派遣せよということだった。矢野耳鼻咽喉科は院長である私の他に、ゆかり副院長、さゆり医師の三人がいるが、私自身が犠牲になる覚悟で医師会に届け出た。私も二人目の医師としての義務を果たすことにやぶさかではなかった。大げさに言えば、文末に記してある“ヒポクラテスの誓い”に目覚めたと言えるだろう。
そういう私の気持ちに水をさした心ない内科医がいた。もう時効だが、彼の発言を私は生涯忘れる事は出来ない。彼の言葉を略記する。
内科医として診療の傍ら、専門外の医師を指導し、見張る事は面倒だ。足手まといだ。
私は直ぐに反論した。
見張るという文言は刑事が犯罪容疑者に対して使う言葉だ。又、指導される必用もない。我々が足手まといとは心外だ。
内科医だけでおやりになれば良い。私は協力するのを止めた。
目覚めかけたヒポクラテスの誓いが再び眠りにつきそうだ。


医師は、医師免許書を授与される時にヒポクラテスの誓いを心に刻む。
医師はその生涯を純粋と神聖を貫き医術を行う
良識ある内科医の説得で、私も愚か人の発言を無視して、テント内の医療に参加した。当日、保健医療センターのテントの下にいた内科医をみて驚いた。私の親友の内科医が笑みをうかべて待っていた。楽しく談笑している内に義務時間を終わった。
 ヒポクラテス自身なら報酬を受けとらなかっただろう。私自身のことは忘れた。
         2016年2月1日
矢野耳鼻咽喉科院長 医学博士 矢野 潮