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第85話「学校の耳鼻科健診」
 クリニカライト
 毎年、10月から11月にかけて新入学児の学校健診が行われる。
春には在校生の健診だ。
私の開業当初は、藤沢市内の耳鼻科医が少なかったためか、8校の耳鼻科校医を仰せつかった。その頃は今のような少子化時代とは異なり生徒数も多かった。
耳鼻科健診は、両耳、鼻、咽喉、発声異常も一人で診なければならない。それに比べて眼科健診は児童に直接触らず、「アカンベー」をしてもらい結膜を覗くだけだ。その理由は、10年以上前にある地方で、眼科医が健診時に児童の目に触ったために、伝染性の強い流行性角結膜炎が多数の生徒に感染したためだという。
健診器具

小児科や歯科は二人の医師が派遣されて健診を行う。そのため、耳鼻科健診はいつも終了が最後になってしまう。

 

さて、別記の表で一番問題になるのは、耳垢垢塞だ。耳垢垢塞(耳垢)があると、我々耳鼻科医も児童の鼓膜を見ることができない。
健診で耳垢垢塞を指摘されると、家族の方が耳垢除去をする人が多いが非常に危険だ。鼓膜を診ていないのだから自覚症状のない滲出性中耳炎の有無は確認されていない。学校のプール、スイミング教室の可否にとって非常に問題だ。
又、アレルギー性鼻炎、副鼻腔炎、扁桃肥大を指摘されたら、学童の将来にとって非常に問題だ。一度は耳鼻科校医を受診することが必要だろう。保護者の方が、耳鼻科校医の門を叩かずに、「水泳可」の印鑑を押すのは無責任極まりない。
余談になるが、私が慶應病院に勤務していた時、都内の某高等学校の耳鼻科健診に行ったことがある。言っては悪いが非常に柄の悪い高等学校だった。列も作らず私語が多くて健診をやっていられない。
私も若かったのだろう。「こんな学校の健診はやっていられない!」と、言って大学に帰ってしまった。数日後、校長先生から大学に再度の健診の依頼があった。大学の医局長からもう一度健診に行けと命令された。再度その学校に行って驚いた。その高校の応援団が勢揃いして、学生達を整然と並ばせ、私語を交わす生徒を怒鳴りつける。実に静かに健診を行うことができただけでなく、校門まで見送りしてくれた。応援団が甲子園の高校野球以外にも役立つことを初めて知った。
最後に感動的な思い出をご紹介する。私のような医師会の古株になると友人知人が多くなる。その中で最も尊敬する1人の医師・小島先生(故人)のエピソードを書く。学校の先生方と学校医の話し合いの時の小島先生の発言を私は生涯忘れることはできない。「自分は健診の前にその校舎の周辺を歩き、学校の衛生状態を観察してから健診をはじめる。そして、健診が終わってから、学校の先生方と児童の健康状態について、ゆっくり話しあいたい。その時間が重要だ。」
それ以来、私は小島先生を藤沢医師会で最も尊敬に値する方だと思っている。
小島先生と私は容貌が似ているらしい。電車の中で一回、看護学校で一回、小島先生と人違いされた事がある。




       2016年11月1日
矢野耳鼻咽喉科院長 医学博士 矢野 潮