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第86話「かすれ声」
 私は、声楽家の美しい声はわからないが、声のかすれた患者さんの発声異常は敏感に聞き分けることができる。
正常声帯吸気時       正常声帯発声時

先ず、我々耳鼻咽喉科医は人それぞれの声の特徴に耳をかたむける必要がある。そして、正常な声か病的な声かを注意深く聞き分けなければならない。そして修練の結果、喉頭炎、声帯ポリープ、声帯結節、喉頭腫瘍が出来ているかどうか聞き分ける能力を持つことが出来る。専門医としての修練のたまものだ。勿論喉頭ファイバースコープで喉頭を必ず精査することは怠らない。

 
勤務医時代、著名な浪曲士の主治医をしたことがある。修行時代の浪曲師は、夜明け前に人里離れたところで声を張り上げてあの不思議な声を出し、酷使して声帯をつぶして一人前になるのだそうだ。その浪曲師が公演中の旅先から、発声異常の相談をしてきた。電話で浪曲を聞かしてくれるのだが、電話で的確にアドバイスするのは難かしい。相手がプロだけに責任が重い。大きな声を出さないように指示したら、それでは商売にならないと嘆いていた。
もう20年程前のことだが、私の同級生の耳鼻科医が横浜市の病院に勤務中、“電話で声がれの相談”を受けるコーナーを設けたことがある。相談者に“あいうえお”をゆっくり発音していただき、音声分析器をとうして、彼の専門医としての聴覚で異常かどうかを判断する。病的であると判断したら、耳鼻咽喉科専門医を受診する必要性をアドバイスするシステムだ。彼の退職でそのコーナーは終了された。
私はあまりテレビを見ないが、ある民放のキャスターの声がれが気になり、耳鼻咽喉科の受診をすすめる電話をテレビ局にしようと思ったが、個人の病気の事など電話するのは止めたほうが良いという副院長の進言で中止した。数ヶ月後そのキャスターはテレビ会から姿を消した。
音を聞き分けると言えば、現役大リーガー当時の松井秀喜選手がスランプに陥った時、国際電話で長嶋茂雄氏にバットの素振り音を聞いてもらい、アドバイスを受けてスランプを脱したという。






       2016年12月1日
矢野耳鼻咽喉科院長 医学博士 矢野 潮