掲 載 一 覧 最 新 号
第88話「耳と涙」
 中耳炎は急性中耳炎、滲出性中耳炎、慢性中耳炎、真珠腫の4種類に分類される。耳鼻科咽喉科専門医は微細な鼓膜の変化から診断する。
正常な鼓膜(真珠のような光沢がある)

慢性中耳炎は最近の耳鼻科治療の急速な進歩で激減したし、真珠腫は特殊な病気なので、ここでは取り上げない。ホームページの病気の説明をお読み頂きたい。
急性中耳炎:いわゆる鼻カゼの合併症として、急激に起こる病気だ。
乳幼児、保育園児、幼稚園児の圧倒的に多い。
カゼをひいた幼児の不きげん・夜泣きは、発熱を伴わくても中耳炎のサインのことが多い。耳鼻科専門医の診察を受ける必要がある。

 
急性中耳炎の鼓膜(赤く腫れている)
滲出性中耳炎:痛みを伴わないために、ご両親は気づいていないことが多い。不機嫌、夜泣き、耳をいじる等のしぐさは滲出性中耳炎のサインだ。やはり耳鼻科専門医の受診をおすすめする。
 
 滲出性中耳炎の鼓膜(鼓膜が濁っている)


勿論、急性中耳炎と滲出性中耳炎の相互間の移行も多い。
私の長年の経験で、歴然とした滲出性中耳炎でさえ、小学校の高学年になっても当人な何ともないと証言する。面白くもない耳鼻咽喉科受診が嫌なのだろ。学校健診で指摘されても否定するのがほとんどだ。中学生になるとさすがに自分の健康が心配になり、自分から診療を求めてくることが多い。
成人は、こどもと逆に、患者さんの訴えのほうがが強い。成人の滲出性中耳炎では、我々が仔細に鼓膜所見を読み取り、聴力検査、鼓膜の振動検査を行ない「治りました」、と告げても耳閉感を訴えるために、我々は悩まされる。
乳幼児にも成人と同じ不快感があるはずだが、ご両親が気付くのは困難だ。そのため、乳幼児の鼻カゼが長引いたら、耳鼻科専門医に鼓膜所見をチェックしてもらうことが重要だ。そして、急性中耳炎も滲出性中耳炎も全快するまでには日数がかかる。抗生剤の内服、鼓膜切開が必要なこともある。そして、抗生剤の投与方法が難しい。耳鼻咽喉科学会の中耳炎の治療ガイドラインでは、ペニシリン系の薬剤を先ず投与するべきとあるが、私の経験ではペニシリン系薬剤は下痢をする可能性が高いので使用しにくい。又、初診から3日分投与して、4日目から次の治療方法を考えろと書かれているが、御夫婦共働きの多い昨今では、保護者が初診後3日で乳幼児を連れて診療できる人は一握りだ。ガイドラインにそった治療は不可能だ。
私が慶應病院に勤務していた時は、癌の患者さんが多くて、中耳炎の患者さんを診たことは殆どなかった。
治療のガイドラインを作る大病院の学者達よりも、小クリニックの医師のほうが中耳炎の診断、治療になれていると思う。
 腫れ上がっている鼓膜     切開して膿が出ている鼓膜
上の写真は右耳の激痛で一晩眠れなかった6歳のお嬢さんの鼓膜だ。
以前、鼓膜切開を私がしたことがあり、こども心で切開すると痛みがとれる事を覚えていたらしく、「我慢するから早く切ってちょうだい」、と私の前に飛び込んできた。切開すると、ふるえながら「どうもありがとう」と、お礼を言って帰って行った。当人が生まれつき非常にしっかりしているのか、ご両親のおしつけが良いのか私にはわからない。多分両方だろう。
最後に、最近経験した涙が出そうな悲劇をご紹介する。
私のところを受診した2才未満の患者さんが、親戚の人に連れられて受診した。診察の結果ひどい急性中耳炎だった。不機嫌で毎日のように泣いたために、心無い母親が子供に暴力をふるって、虐待罪で告発されたという。やりきれない話だ。





       2017年2月1日
矢野耳鼻咽喉科院長 医学博士 矢野 潮