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第90話「耳性帯状疱疹と耳痛」

 耳性帯状疱疹(ヘルペス)という病気がある。耳痛と、耳周囲の発疹を主症状とする。耳鼻科医がその対応に悩む病気だ。詳細についてはホーム頁の病気の説明欄をお読み頂きたい。
耳性帯状疱疹の診断治療の難しいのは、耳痛のみが初期の症状で、耳周辺の皮膚の発疹が数日遅れてる出現する事が多いことだ。
 
耳痛の患者さんの90%が中耳炎か外耳炎だ。それが該当しなければ、耳鼻科医は歯痛、ノドの炎症、顎の関節痛、肩こり等の筋肉痛、左耳痛の時は心臓の病気まで疑う。そして、その全てが否定された時、耳帯状疱疹の存在を頭にうかぶ。発疹が出ていれば診断は容易だが、耳痛のみで来院した患者さんが、数日後(翌日のこともある)発疹と前後して顔面神経麻痺を起こすこともある。そして治癒後に耳周辺の激痛と顔面神経が残る事もある。
 
それを予防するためには、一日も早く抗ウイルス薬を内服する必要がある。然し、発疹が出る前に帯状疱疹を確定診断することは容易ではない。当然、顔面神経麻痺等を予防するために、発疹が出る前から2~3日分の抗ウイルスを投薬して様子を見たいのだが、耳帯状疱疹と確定診断した後でなければ、健康保険法で抗ウイルス薬の投与は許されていない。しかも、抗ウイルス薬の投与は、最初から7日分の“まとめ投与”が義務づけられている。この薬は高価で、一般的な患者さんの負担額は薬代だけで6000円以上になる。2~3日分投与で様子を見る見切り投薬が許されていないため患者さんの負担額は大きい。
ある皮膚科医自身の耳が痛くなり、自分でその日から抗ウイルス剤を直ぐに内服し、翌日友人の耳鼻科医(私ではない)の診察を受け、耳は何ともないと言われたが、その翌日から顔面神経麻痺をおこした。さすがに心配となり其病院を受診したところ、脳梗塞といわれ入院、その翌日から耳の周辺に発疹が出現して、帯状疱疹と確定診断され退院。その皮膚科医は極めて初期に抗ウイルス剤を自分で内服していたために、比較的早く顔面神経麻痺も治癒した。その時、我々医師間で問題になったのは、その皮膚科医のように耳帯状疱疹(ヘルペス)の確定診断がつかないうちに、抗ウイルス剤を投与するべきかどうかだった。患者さんの経済負担を考えると安易に結論は出せない。
又、私の知人の医師が夫婦で外国旅行中、帰国する5日前に夫人の額に帯状疱疹が出来た。海外の事で薬の入手がままならず、我慢して帰国。今でも疼痛で悩んでいる。その話を聞いてから、私は正月等、薬局が長期休みの時は、帯状疱疹の薬をかりて自宅に保存しておく。
聞いた話だが、抗ウイルス薬が開発され前、帯状疱疹の激痛がとれず、自殺した人があるという。




       2017年4月1日
矢野耳鼻咽喉科院長 医学博士 矢野 潮