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第92話「舌炎と舌癌」
 
 口内炎、舌炎等の明らかな病気がないのに、舌の痛みを訴える患者さんが最近多くみられる。統計をとったわけではないが中高年の女性に多いようだ。
そして、複数の耳鼻科医、口腔外科医を受診している事が多い。所謂、ドクターショッピングだ。
この年代の方は、何かのきっかけで、心因反応(心配性)を起こす事が多いのだろう。
舌異常感は患者さんを悩ませるだけではなく、対応する我々耳鼻科医も悩まされる。舌異常感の患者さんは、頻繁に鏡で舌を観察して、僅かな舌の汚れ(舌の苔)を気にして、歯ブラシを使って、舌の表面を磨く事が多い。更に、ノドアメ、トローチ、スプレイ、うがい薬の使い過ぎは、余計に舌の異常感を強くする。私の経験では水道水でうがいするだけが良いようだ。
舌の表面の汚れを心配している患者さんには、私は自分の舌を出して、鏡で患者さん御自身の舌と見比べていただく。私の舌の方がよごれている事が多い。これで患者さんの安心を得られれば、こんな簡単な治療方法はない。この方法は、50年も前に慶応大学病院耳鼻咽喉科の教授から教わった方法だ。
本当の舌癌の患者さんを、我々耳鼻科開業医が診る機会は、数年に一人位の頻度だろう。
かなり前の事だが、私の後輩の耳鼻科医(大病院勤務医)自身が、舌癌ノイローゼになり、同僚の耳鼻科医の異常がないとの診断を信用せず、自分で指図して舌の組織検査を強要したという。結果は勿論異常なしだった。
古典的な耳鼻咽喉科の教科書には、マドロスパイプを常用している人に舌癌が多発し、その原因は、パイプの先が常に舌の同じ場所を機械的に刺激する事が、舌癌発生の頻度を増しているのだという。
今、考えるとニコチン毒がその原因だろう。





       2017年6月1日
矢野耳鼻咽喉科院長 医学博士 矢野 潮