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第101話「予知能力」

 手遅れ医者という古典落語の枕がある。どんな患者が来ても、診察する前に「手遅れだー、手遅れだー」ときりだす医者の話だ。ある時、屋根から落ちて怪我をした患者が来た。例によって、「手遅れだー、手遅れだー」と言うと、担ぎ込んで来た仲間が、「そんな馬鹿な話はないよ、屋根から落ちて直ぐにつれてきたんだよ!先生」。すかさず、手遅れ先生、「屋根から落ちる前につれてこなけりゃ手遅れだ」と切り返す。
さて、本題に入る。うぬぼれている様で恐縮だが、手遅れ医者とは反対に、“私には予知能力が備わっているのではないか”、と思うような経験をした。一ヶ月ほど前、ノドの違和感が主訴で中年の女性が来院した。その方は異常にノドの反射(オエー、オエー)が強くて口を開けられない。口を開けてくれなければノドを診察することは出来ない。その方の表情、症状等から重大な病気があるとは思えなかったので、2~3日様子をみることにした。その方の帰りぎわ、「あなたのようにノドの反射の強い方は、もし、魚を食べて骨をノドに刺したら、とても取る事はできませよ。全身麻酔が必要になるから、魚を食べる時は本当に注意して下さいよ!」、とご注意した。その約1週間後、その方がノドに魚の開きの骨を刺したと飛び込んで受診した。やはり、全く口を開けられない。口を開けられないのはその方の罪ではなく、生まれつきの条件反射だ。やむなく、入院設備のある病院に救急で依頼した。その病院でCT等の検査後、全身麻酔で魚骨を除去したとの連絡があった。その開きは随分と高価になったはずだ。手遅れ医者ではないが、その方は、“今後、魚を食べる前に受診しなければならい。”
普通、魚の骨は扁桃腺に刺さっていることが多いので、耳鼻咽喉科専門医なら簡単に除去できる。


 
右側扁桃腺に刺さった魚骨
 
 
除去した魚骨
魚の開きでは面白い話がある。私は子供の頃(何才の頃だったかは覚えていない)、開きはそのままの形で海を泳いでいたと信じていて笑われた記憶がある。
 
物知らずを自慢するようだが、私は、小学校の1年か2年の時、担任の先生に、「稲からとれる物は何ですか?」と質問されて、「ご飯です」、と答え笑われた記憶が鮮明にある。然し、あの明治の文豪夏目漱石(東京育ち)が稲から米がとれるのを知らず、友人の正岡子規に笑われた事を後年知って安心した。




       2018年3月1日
矢野耳鼻咽喉科院長 医学博士 矢野 潮