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第115話「耳つまり感」
         (耳閉感)

 耳鼻科のクリニックには“耳つまり感と耳が聞こえなくなった”という訴えで診察に見える患者さんが多い。
よくあるのは、ご自分で耳掃除をして、綿棒等で耳垢を押し込んでしまったケースだ。我々耳鼻科医は簡単に耳垢をとる事が出来る。然し、石ころのように固くなった耳垢は、点耳薬でふやかしてからとるほうが得策だ。ご自分で耳掃除をするのは危険だから絶対に禁止だ。この詳細については“病気の説明”の項をお読み頂きたい。
耳つまり感を訴える患者さんの圧倒的多数は耳管狭窄症という病気だ。鼻と耳をつないでいる耳管の空気抜きが出来なくなると、耳つまり感をおこす。鼻炎、副鼻腔炎等、鼻に異常がある事が殆どだ。一時的には、飛行機にのった後や、登山、スキューバー等、気圧水圧の急激な変化に耳管の空気抜きが追いつかない時にも起こる事も多い。
耳管狭窄症が更に進むと、滲出性中耳炎(痛みのない中耳炎)に進行することもある。又、頑固な耳管狭窄症、滲出性中耳炎が長期間続く場合には、鼻の奥に腫瘍が出来ている事がまれにある。この事に関しても、これにも、“病気の説明”のところを読んで頂きたい。


 


 次に最近のエピソードをご紹介する。外出先であった私と同年配の知人(医師ではない)が、胃癌の手術後、急激な体重減少をおこし、それと共に強い耳閉感に襲われた。その不快感にたえられず、近所の数カ所の耳鼻科クリニックを受診したが、診断がつかず悩んでいるとの事。出先の事で診察など出来ない。
私は、彼に「深くお辞儀の姿勢をとり、頭を下げた時に、その不快感がとれるかどうか」を尋ねた。彼は、その姿勢をとると、見事に不快感がとれるという。「お辞儀の姿勢で軽くなる」、は耳管開放症という病気の有名なサインで、耳鼻科医にとっては常識だ。私はすっかり名医あつかいされた。耳管機能検査という簡単な検査で確定診断できる。然し、藤沢市では、この耳管機能検査の設備機能は市民病院以外には、私の所以外には設置されていないらしい。
 
次に、耳つまり感をおろそかに出来ないのは、突発性難聴及び、その類似疾患だ。かなり重症な突発性難聴の患者さんも、耳の聞こえが悪くなっている事に気づいていないことがある。精密聴力検査のもと確定診断を下し、一日も早い適切な治療が必要だ。高度の治療を要するケースでは、入院加療の可能な病院に紹介依頼する事が必要となる。
「せっかく、自分を頼って見えた患者さんだから、最後まで頑張って自分で治療する」、と考える耳鼻科医もいるが、私はこの考えには賛同できない。
医師の責任とは、患者さんが受けるべき最善の道を用意する事ではなかろうか。




          2019年6月1日
矢野耳鼻咽喉科院長医学博士  矢野 潮