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第138話「若き日」
 慶応大学病院では、患者さんの採血はインターンの仕事だった。
開業医の家に育ち、自宅の医院を手伝っている友人は、採血を何気なくこなしていたが、私は人の体に針を刺したことがない。
当時の慶応病院は、採血場に、ベテランの看護師とインターンの二人を常駐させていた。二人の受付窓口は違う。いつも看護師の方に行列ができ、インターンの側はガラガラだった。馴染みの職員が採血を希望して来たので、「私の方が空いているから此方でやろうよ」と、言ったら断られ、いたくプライドを傷けられた思い出がある。
今の慶応病院は違う。大きな採血室の中で、15人くらいの技師が一斉に採血している。普通一日で2000人位、最高記録は4000人だったという。
私がインターンだった頃、代々木の病院で当直のアルバイトをしていた。当直料は一泊500円くらいだったと思う。
私が当直していた日曜日、急患が来院した。顔を見て驚いた。私の慶応高校時代の親友が、女性を連れて来たのだ。

 

やむなく、当直医をよんで診察。急性虫垂炎で手術を施行。
おり悪く、その当直医も医師免許をとって一年目で、虫垂炎の手術は初めてとのこと、助手はインターンの私。あまりの手際の悪さに手術時間が長引いた。看護師が気を利かして医長に連絡。医長に代わって直に手術終了。その助手はこっぴどく怒られた。私はインターンだったために無罪放免。
   友人の一言。


その通りだが、その後、助手の彼は大病院の院長としてその名を馳せた。私は現在に至る。

     若き日の苦悩の逸話です。

         2022年2月1日
矢野耳鼻咽喉科院長 医学博士 矢野 潮