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第46話「神業」
 数日前、診療所の電気の故障を修理中、折り悪く鰻の小骨をノドにひっかけた中学生が来院した。修理が終わる迄、20分程待って頂くように話したが、塾に行くために時間がないという。苦痛がそれ程でないので、翌日の診察時間を予約してゆっくり診察しようと話したが、翌日はどうしても学校を休めないとのこと。仕方なく自然光でノドを見たが暗くて何もみえない。多分、このあたりだろうと見当をつけて扁桃腺のあたりをピンセットでさぐり、引き抜いたらピンセットの中に目当ての小骨が入っていた。長年の修練のたまものだろう。
除去した鰻の骨(拡大写真) 
 そこで、思い出したのが大リーガーイチロー選手のトーク番組だ。その番組は、ライトイチロー選手のファインプレーの数々を見せていた。その場面を自ら解説しながらイチローが言った。「残念だが、自分の最高のファインプレーはこの番組には写っていない。何年か前のナイターで、ライトに凡飛球があがった。捕りに行こうと思った瞬間、照明の光が目に入り視力を失った。何も見えないまま走り、打球音から判断して多分このへんだろうと思いグローブを出したら、ボールがグローブの中に入っていた。見えないボールを捕ったそのプレーが生涯最高の思い出だ。凡飛球だったので、他の選手、観客の誰もそれに気づいていない。」
 
 私のピンセット、イチローのグローブの先には眼がついていたのであろうか。私の小骨とりと、イチロー選手のボールとりと同じではないか。
 私がイチローの域に達したのか、イチローが私に追いついたのかわからない。参考迄に私の方がいささか年上だ。念のため!

          2013年8月1日
 矢野耳鼻咽喉科院長  医学博士 矢野 潮