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第65話「人工股関節
 
手術後の人工股関節(レントゲン)
 私は昨年の3月左股関節の手術を受けた。常識的に言えば、自分が手術を受けた事など公表すべきではないだろう。
然し、3週間の入院期間も含め、約4週間の不在(副院長は平常通り診療)中、ホームページ、玄関先、待合室に公表してあったので、同じ病で悩む方のたに、そのいきさつを書く。
1年前から左側股関節に違和感をいだいて私は、藤沢市内のある整形外科医から、人工関節置換術の手術をうけるべきだと指摘された。
当初は藤沢市民病院に手術をお願いしようかと思ったが、考えてみると、手術直後は車椅子で病院の中を移動しなければならない。市民病院内には、私のかかりつけの患者さん、各科の医師を含め、スタッフ達にも知り合いが多い。
院内の廊下ですれ違う度に、いちいち経緯を説明するのは、あまりにおっくうだ。
そこで、東京の病院で手術を受けることにした。術者は、慶応医学部出身の同門で、股関節の手術では定評のある整形外科医だ。
そして、3週間の入院生活が始まった。家族は手術の危険を心配したらしいが、不思議な事に私に不安感はなかった。術者が優れた専門医であることを信じていたのと、命に関わる部位の手術でないからだろう。
さて、手術時間は麻酔が覚めるまで、約3時間位であったろうか。詳しいことは覚えていない。
私が恐れていたのは手術後の痛みだ。痛みに対しては、腰椎に鎮痛用の針をさして、定期的に鎮痛剤を注入してあるのだが、術後1日で除去された。主治医にもう2から3日そのままにしておくように頼んだが、感染の怖れがあるからと拒絶された。
私は痛みに備えて、自分のクリニックから山のように、強力な鎮痛剤を持ち込み、看護師さんの目の届かぬ所に隠し持っていた。然し手術後、全く痛みを感じなかったので薬をのむ必用がなかった。
尚、自己負担金が260円の入院食が美味しいはずはない。その事は入院する前から憂鬱だった。然し、私が受けた手術は消化器系でなかったので、何を食べても自由だった。自宅からの差し入れ、友人からのお見舞いのご馳走など、美味しい物の食べ放題。家にいる時よりも贅沢だったかも知れない。
又、長年の医師としての生活から得た経験で、看護師さん、他の職種の方々とのお付き合いの仕方にもなれている。そのせいか入院中、嫌な思いをしたことは一回もなかった。三週間の入院生活は、私にとって初めての楽しい休息であったのかもしれない。愛するプリンが見舞いに来てくれた時は不覚にも涙を流してしまった。プリンがどうやって東京の病院を探し当てたのかは未だに不明だ。
以下は私の自慢話――
全身麻酔がさめる直前の意識朦朧としている時に、「胸のレントゲン!胸のレントゲン!と、私が叫び続けていた」、との事を翌日、看護師さんから伺った。手術室では、私が呼吸を苦しがっているのかと心配したらしい。それは誤解だ。実は入院する前夜、私が最後に診察した患者さんは、頑固な咳に悩まされていた。胸部の精密検査の必要性を説き、その手配をしたが、結果を聞かずに自分が入院してしまった。その患者さんのレントゲン検査の結果を朧気な意識下でも心配していため、「胸のレントゲン!」と、絶叫したらしい。自画自賛になるが、自分の医師としてのプロ根性に賞賛を送りたい。




         2015年3月1日
矢野耳鼻咽喉科院長  医学博士 矢野 潮