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第80話「耳鳴り」
 
 蝉の鳴き声は耳鳴りに似ている“
 最近、耳鳴りに悩んでいる患者さんが多いのは、日本の高齢化が進んでいるためだろう。そして難聴を併発しているケースが殆どだ。
老人性難聴は50代から始まると言われている。
余分な事だが、眼科領域では老眼のきざしは30代から見られるいう。私自身の経験でも、医学博士取得の論文作成に精魂を傾けていた30才位の頃、コンサイス辞典の細かい字を長時間見ていると目が疲れて困った経験がある。
さて、耳鼻科領域に話を戻すと、ジー・キ-ンという耳鳴りは高音部の聞こえない人、ゴ-ンという耳鳴りは低音部の聞こえない人に多いと言われている。
私は、耳鳴りの患者さんには、時間の許す限りていねいに対応しているが、その治療は難しい。
さて、私の母校の慶応大学医学部耳鼻咽喉の小川郁教授、済生会宇都宮病院の新田清診療科長が、耳鳴りの新しい治療方法を考案した。
要約すると、脳を耳鳴りの音に慣れさせる訓練療法で、TRT治療方法と名付けられている。
この治療方法には二つの柱があり、一つは耳鳴りの成り立ちを患者さんに十分説明して納得して頂く事、もう一つは音を使った音響療法だ。
音響療法の基本は、自然の音やノイズを聞き続けて、意識を耳鳴りからそらすように、訓練していくものだ。音響療法を家庭で行うには、ラジオやCDを使って周囲に音のある環境を作って、耳鳴りから注意をそらすようにする。耳鳴りで眠りにつけない人は、好きな音楽をラジオやCDで聞きながら、耳鳴りを打ち消して枕につけば眠りやすいだろう。
ただし、職場や友人との食事中にラジオやCDを使用することは不可能だ。そこで、サウンドジェネレーターという補聴器に似た器具を使用する。サウンドジェネレーターから、耳鳴りが少し聞こえるように調整したノイズを流して、耳鳴りを相対的に小さくする。
サウンドジェネレーターを使用した音響療法は耳鳴りそのものの改善が目的ではない。耳鳴りから注意をそらし、日常生活で苦痛を感じないようにするのが目的なので、効果自体にどうしても限界があるようだ。
 

サウンドジェネレーター
エイド() 認定補聴器技能者 林稔氏提供

そこで、根本的治療には補聴器を使用する。特別な補聴器ではなくて、国内で売られている一般的な補聴器で十分だ。
この療法では、サウンドジェネレーターによる治療とは異なり、耳鳴り自体を消失させる事を目的とするので、かなりの効果を期待できる。
「耳鳴りを音で打ち消す」、毒をもって毒を制する方法だ
先ず、患者さんの不安を打ち消すために、脳神経外科的検査で脳に病気がないことを確認して、患者さんが抱く耳鳴りに対する不安・心配を軽くして、更に、耳鼻科医による十分なカウンセリングで、耳鳴りそのものが危険でないことを、患者さんに納得して頂く事が必用だ。
サウンドジェネレーターは5~6万円、補聴器は片方の耳使用の補聴器で10万円くらい(両耳で20万円弱)の補聴器で十分だと言われているが、考えてみると決して安いものではない。
そして、補聴器を使った「聞こえの脳のリハビリテーション」を行うには、補聴器の適切な調整を行う優秀な言語聴覚士の協力が是非とも必用になる。そして、補聴器の音量をうるさいくらいに大きく設定して、基本的に音量を下げないで、就寝時以外は補聴器を外してはいけない。そして、耳鼻科医と言語聴覚士によるきめ細かい指導の下に、約3ヶ月間、週一回の通院が必用だ。
患者さんにとって、金額的にも時間的にもかなり負担の大きい治療といえるだろう。
 

補聴器
エイド() 認定補聴器技能者 林稔氏提供

 然し、私のクリニックでは、「聞こえの脳のリハビリテーション」を十分に行う事は時間的に不可能だ。
そこで、耳鳴りに深い悩みをお持ちの患者さんは、慶応大学病院をご紹介することにしている。大学病院の受診には原則として、我々の紹介状が必用だ。
耳鳴りにお悩みの患者さんは、一度、矢野耳鼻咽喉科にご相談においで頂きたい。
「耳鳴りを音で打ち消す」、毒をもって毒を制する新しい耳鳴りの治療方法をご紹介した。
ジージー耳鳴りに悩む高齢の方へのひそかな慰めの言葉
 
同窓のよしみで、新田清一著「耳鳴りの9割は治る」を参考にした。
         2016年6月1日
矢野耳鼻咽喉科院長 医学博士 矢野 潮